滋賀県隊友会

TAIYU SHIGA

01月

上から目線って??

会友の皆さん!隊友会、OB会等々自衛隊とのつながりやしがらみはあるものの、日々の生活環境や職場環境が180度変わって自衛隊を退役して10年以上もたつと「もはや自衛官ではない。」という心境になりませんか?でもこれは当然のことで自衛隊在籍時の表現は適当ではないかもしれませんが縦割りかつ閉鎖的環境組織から一般社会の荒波に投げ出された後は、いつまでも自衛隊時代の階級や考え方が通用するはずも無く職場によっては自分の子供のような上司に仕え、極悪クレーマーを相手にひたすら頭を下げる毎日の中でやがて本来の社会人として生きていけるようになるんでしょうね。

そこで、よく「上から目線」と言う言葉を耳にしますが、「上から目線」と相手方に思われる人・組織は案外自分自身ではそんなつもりは無いにも関わらず、受けた人にとっては全く組織外や違う社会的立場の人であった場合は物凄く違和感や抵抗感を持つ場合が多いと思います。私は定年直後から自治会長や氏子総代等いくつかの地域役員を務めましたが、私自身意識して特に丁寧な言葉や対応に心がけたつもりでも「奥村さんは元自衛官だから偉そうにしている。上から目線だ。」などとしょっちゅう非難されたものです。高齢者になりすっかり一般社会人化した最近になってお役所や自衛隊等とのやり取りの中でようやく「上から目線」ってこう言うことだったのかとおぼろげ乍ら私なりの解釈をするとともに自分の自衛隊勤務時代を思い起こして反省しきりであります。

退官して再就職するにあたり「もはや自衛官では無いんだ。民間社会に溶け込もう。」と言う決意とともに「自衛官として培われた心技体。順法精神を期待されている。」と言う自負心が混ざり合った状態でスタートしたものの、どちらかに少しでも偏った途端に挫折を味わうケースは良くあります。私の場合、損害保険会社に再就職し退官の翌日から見知らぬ初対面の事故被害者に面談しこれ以上の屈辱は無いと感ずるほどの罵声を浴びたのが民間人としての第一歩でした。依来8年数か月、1千数百件の事故処理にあたり何とか第2の定年63歳まで過ごせたことで少しは人間修養させていただけましたが損保では自衛官出身者の定着率は両極端で早い人はいきなり私のような洗礼を受けると1週間と持ちません。1年以内で退職する人の殆どが自衛官時代は自他ともに認めるそこそこの地位・階級にあった人でした。その時分に元自の会社後輩によく相談を受けましたがそのほとんどが「こちらはまともなことを言っているのに理解しようともしない。筋の通らない話をする。」等々の内容でしたが、要はプライドが許さないのと自分の考えや行動に相手が従わない?ことに対するショックです。自衛隊は階級制を持って上下関係を律する精強な組織であることが存立要件であるのは当然で有ります。よって各種事業や行動等は指揮官の指針に基づく幕僚作業によって計画・命令等化され実行に移されます。時にトップダウンを旨とする積極的な指揮官もありますがいずれにしても組織内での疎通はできているため最終的には「問答無用」が当然なのです。

然しながら、相手が民間であった場合はどうでしょうか?民間人や民間の組織を巻き込む事業等について自衛隊内では完璧に計画準備がなされていたとしても、事前に相手には知らされず出来上がった計画を開示された相手が疑問や意見を述べた場合「既にトップの指導受け済・決済済です。そのことに対する理由はこうです。」等々と理路整然??のつもりで言いきってしまう。これを受けた相手は納得する場合もあれば民間人としての立場や考え方に照らして「上から目線だ。」と感じるかのいずれかでしょう。ローカル駐屯地の第1科長や副連隊長あるいは師団司令部1部総括班長等部外協力団体の皆さんと接する機会があった時代、思い起こせばいろんなトラブルを経験しました。一例のご紹介です。現在でも自衛隊記念日行事の記念会食は部外協力団体主催の形態のところが多いかと思います。某駐屯地勤務時代のことです。その駐屯地は地域の自衛隊感情がすこぶる宜しく逆に言うと密着しすぎて半ば馴れ合い的になっていたきらいがあるぐらいでした。その県には私の所属する普通科連隊基幹の駐屯地、他幕の基地及び地方連絡部が所在し、防衛協会、父兄会、隊友会、防衛協力会等の共通協力団体とそれぞれの駐屯地、基地の協力会始め多くの部外協力団体があり、駐屯地記念日行事の記念会食は例年駐屯地協力会が主催で実施されていました。ある年のこと、協力会長がトップを務める某企業の総務部長から「今年の記念会食について計画を頂いたので会長に報告したところ会長から「会食の配席でメインテーブルに配席されている某氏は近年急激に業績を伸ばされている企業主ではあるが協力会には最近入会されたばかりで役職も無いのでメインには値しないのではとの意見があったので司令職務室長にお伺いしたら、「計画は実行委員会で審議し駐屯地司令の決済を既に受けたものです。某氏(会社経営者)は隊員や家族の冠婚葬祭などで便宜を図っていただいたり、駐屯地に個別にいろんな意味で(意味深長)協力頂いていて駐屯地として外せない・・」との回答でしたのでこの旨会長に報告したところ会長から「地域の経済界・政界の主だった方がこぞって会員になって頂いている協力会としてはバランス上からもいささか疑念が生ずる可能性がある。」とのことでした。」との電話を頂き、詳細ないきさつを司令職務室等に確認し、計画段階であって配席は当日でないと本人にはわからないこともあるので2番目ランクテーブルに変更する処置を司令に了解を取り、処置の説明を兼ねて協力会長にお詫びにお伺いしました。その時の協力会長のお言葉は今も良く覚えております。要旨は「協力団体はこの県内でも沢山ありますし会員も数個の団体を重複している人もいます。また、入会の目的も基本は「日本の防衛、ひいては自衛隊の皆さんの後ろ盾になりたい。」方が殆どですが中には自己のステータス向上や商売目的の方も無いわけではありません。又、「金は出すけれども口は出さない。」方が自衛隊にとっては都合がいいでしょうが、これが全てでは無く、真に自衛隊のことを思い提言や意見を申したい、いやそれが協力だと思う人も当然あります。今回の事例で言えば{主催団体の名義貸しで経費は持ちますから自衛隊さんご勝手にどうぞ}でも宜しいですが部外者も多数参加する会食ですから社会通念上、あるいは地元経済界、政界の事情から配慮すべき点も無きにしもあらずで、このことは我々民間人しかわからないことであり、自衛隊さんに恥をかかさないためにも計画に対する疑問点を申しあげるのは憎まれ役になるけれども主催団体長の務めと思って敢えて申し上げさせていただきました。」とのことで只々自衛隊の世間狭さを恥じ入るばかりでした。要は「上から目線」とは直接のあからさまな言動ばかりでなく、このような「わが組織で計画したことが絶対で聞く耳持たぬ。」あるいは「わが組織内での理屈や理由付けは万民共通で誰でも理解可能である。」との勝手な思い込みが相手に読み取られた時点で相手は「上から目線」と感じるということです。役所に何かの届や質問をしても、決まって「条例の〇号〇項で決まっています。」「そういう例はありません。」「これまで何も要望が無かったですから・・」などと役人の立場からは至極当然と思う回答が来るわけですが市民にとっては全く回答になっておらず明らかに「お役人の上から目線回答」と感ずることでしょう。結果は当初から明白であっても「その件は規則上こうなっておりますが念のためお調べさせて頂いて(検討させて頂いて)お返事させて頂きたいと思いますのでしばらくお時間頂けますでしょうか?」という民間企業の常識である市民目線の前向きな回答が返ってくることは極めて少ないのが現状です。

少なくとも自分たちの計画の正当性を確信し主張する場合であっても即座に反論するのでは無く「お申し越しの件は賜りましたので関係部署、上司等と協議検討の上後刻お返事させて頂きますのでしばらくお時間頂けますか?」と回答し最終的に修正の余地が無ければ相手に具体的理由を丁寧に説明し理解を得るという手順があれば「お役所(自衛隊も含む)は上から目線だとは思われにくいはずです。損害保険会社のように対人関係を重視する業界では「最初から結論ありき」の事柄でもいったんは間合いをおいてから丁寧に説明し理解を得ることが仕事の出来る要素でありました。仮に民間企業の世界であっても同業同士では常識で問題のないことも、相手が異業種や素人の方の場合はそうはいきません。民間企業とお役人の世界では組織の目的や価値観が異なるのは当然ですがいずれにしても「接点」を模索し対応を考えて接することが肝要でかつ常識かと思います。要は自己中が「上から目線」の始まりだということに相手の立場になって今更ながら気付きました。

 

会長 記

 

 

あれから21年

あれから21年、今年もまた1月17日が参りました。地元部隊にあって罹災証明書を有する私たちがかって経験したこともない未曾有の大災害にスコップとツルハシとロープという素手同然で立ち向かった兵庫県南部地震(阪神淡路大震災)について国民の皆さんはじめ我々現役時代に直面した元自衛隊員はもとより現役の若手自衛隊員の皆さんを含め少しずつ脳裏から薄れてきているのでは無いかと危惧しております。決して自慢にはなりませんが、あの災害派遣を契機に関係法令等の整備、人命救助システムをはじめとする資器材の整備、そして何よりも国民の皆さんの理解と信頼を得る大きな転換期になったこと。またその現場で100日間闘ったこと・・・誇りに思うとともに決して風化させてはいけないと思います。そのためには私たち実体験者が「語り部」にならなくてはならないとの思いです。

阪神大震災1

瓦礫と素手での格闘

瓦礫と素手での格闘

隊員居室

隊員居室

野島断層

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